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~少年王は海に誓う~ 2

last update Terakhir Diperbarui: 2025-08-19 12:29:27

「……いいだろう。その誓約、受けて立つ」

 国を奪われた神は、消滅するのがこの世界の理。けれど那沙は名を奪われただけだし、国に暮らす民に危害を与えられたわけでもない。那沙の直感が、この少年はよき統治者であろうことを認めている。ならば、いまだけ彼にこのセイレーンを任せてもいいのでは?

 ――オリヴィエは悔しがるかもしれない。けれど、いまのあたしがひとりでかの国に立ち向かうことは無謀だもの。

 土地神となるとは、すなわちこの迎果七島に封じられるということ。国造りの祖神おやがみであればかの国に乗り込んで反撃することもできたが、ちからと名を奪われ土地に縛られた状態となったいま、那沙ひとりでは女王を助けることは叶わない。

 ――あの子なら、彼女を救えるかもしれない。けれど、リョーメイたちを巻き込んでまでいま動くのは危険だ……

 黙って考え込んでしまった那沙を興味深そうに見つめていた少年は、ぽつりと呟く。

「ならば我は那沙を産み落としたかの海に誓おう。誓蓮王朝の崩壊を最低限に、民草の生活に変化を与えぬことを……だが」

 凪いだ海のように淡々とした少年の声が玲瓏と響く。那沙はハッとして顔をあげる。

「我もまた、愚王の息子であることに変わりはない。そなたが秘しておる珊瑚蓮(さんごはす)の精霊を近いうちにいただくことになろうぞ」

「な……!」

 那沙は勝ち誇ったように笑う少年王の前で、顔を真っ赤に染める。

「央浬絵どのの娘を、我が妃に」

「……知っていたの?」

「父王は騙せても、おれは騙せぬぞ、海神(わだつみ)に忘れ去られた末娘よ」

 自分に投げかけられた侮辱にも等しい俗称に眉をひそめながら、那沙は反論する。

「でも、あの子は十二歳になったばかり。初潮もまだなのに結婚だなんて早すぎる」

「すぐにではない。最低でも五年は待ってやる。そうだな……おれが数えで十八歳になったら、その娘を迎えに行こう」

 一方的な宣言に那沙は顔を顰めるものの、彼の五年という月日に一縷の望みを見つける。

「わかったわ」

「それまでにおれは内乱を鎮め、誓蓮王朝最後の姫を娶る準備をすすめることにする。そなたにとってみれば、猶予にすらならぬ短い時間かもしれないがな」

 神とひととでは時間の感じ方が異なるのだからなと少年は苦笑いをしながら、那沙に挑むように言葉を発する。

「おれを殺したければ殺しに来い。だが、土地神となったそなたはもう、動けまい?」

「あんたを殺しても、オリヴィエは戻ってこないわ。むしろ、あんたがあの子と無事に身も心も結ばれて至高神に認められ、その恩赦でセイレーンに彼女を返してくれる方が、あたしとしてはありがたいわね」

 可能性を口にして余裕が生まれたのか、那沙はふふふと幼女には見合わない妖艶な微笑を浮かべる。

「でも、あんたに彼女は扱えないよ」

「扱う? まるで道具のような言い方をするんだな」

 はじめて、少年の瞳に怒りが垣間見えた。那沙はその感情の動きに首を傾げる。

「あの子には強大な『海』のちからが備わっているの。彼女を怒らせたら、嵐が起こり、国が沈むわ」

「……ああ、そういう意味か」

「それでも構わないのなら、あたしはその話を受け入れるわ。ただ、オリヴィエは反対するでしょうね」

「なぜだ? 両国の関係を悪化させることはないだろう?」

 セイレーン王朝は那沙が土地神に降格したことで滅び、かの国の領土となった。もともと争いごとを嫌う温厚なセイレーンに生きる民草にとってみれば、安心して暮らせれば侵略を受けようがどこの国に名が変わろうが問題ないだろう……たったひとり、この島国を統治していた女王をのぞいて。

 彼女は機会があれば、自分の手を血に染めてでも国を取り戻そうとする。国に危機が訪れたら、捨て身の覚悟で暴走する。それだけのちからを持っていたから、セイレーンはちいさいながらも繁栄していたのだ。

 ――王朝に君臨する孤高の女王。

 那沙はそれゆえ遠ざけられた娘を想い浮かべ、瞳を伏せる。

「オリヴィエは、あの子を殺したいほど憎んでいるから」

 それでも那沙は意趣返しとばかりにさらりと口にする。その言葉に込められた真意には、さすがに賢しい少年ですら、理解できなかったのだろう、不快そうに口をひらく。

「親子だろう?」

「母娘(おやこ)はときに恋敵同士になるわ」

 あんたにはわからないでしょうけど、と呟いて、那沙は背を向ける。これ以上の話は無駄だと手をあげ、海へと身体を沈めていく。

「おい?」

「九十九代。五年。待ってやるわ。女王が壊そうとしている珊瑚蓮の精霊を手に入れる覚悟があるのなら……せいぜいその手で慈しむのね」

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